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1.はじめに
わが国における岩盤工学は、高度経済成長期のダム、地下発電所、長大トンネル、地下備蓄タンク等の大規模プロジェクトの実施に伴い大きく発展した。ところが、最近はそのような大規模プロジェクトが減少する中、残念ながらその活動は若干低迷気味である。しかし海外を見ると岩盤工学に係わるプロジェクトが活発であり、岩盤工学は元気が良い。筆者は、最近、海外に行く機会が増え、岩盤工学に関する国際会議等に参加し海外の研究者と情報交換を行うなかで、いま、岩盤工学は大きく変わろうとしているように感じている。この度、岩の力学ニュースに執筆する機会を頂いたので、筆者が最近に参加した国際会議や、研究所、大学等の訪問、さらに現場の見学の中で感じたことについて私見を述べさせて頂くことにする。
2.中国の岩盤工学に係わるプロジェクト
隣国の中国においては岩盤工学に係わるプロジェクトが目白押しである。三峡ダムはいよいよ完成に近づいている。また、南水北調プロジェクトとして、長江周辺の豊富な水を北京や天津に導く水路の建設も始まっている。さらに、道路トンネルは現在最盛期を向かえ、特に四川省などの山岳地帯において延長3km以上の困難なトンネルが続々と建設されている。昨年、成都で開催された中国公路隧道学術交流会議では現在掘削されている多くのトンネルについて検討を要する重要課題として、高初期地圧、偏圧、寒冷地(標高が高い)、断層、地震などが重点課題として指摘された。丁度会議の直前に中国有人宇宙飛行が成功したニュースが入り、開会式で理事長が「これは中国科学技術の勝利である。トンネル工学もまた然り、しかしこれまでは諸外国の技術の模倣であったが、今後は中国独自の技術開発を目指す」と熱っぽく演説されたのが印象的であった。また、重慶においては重慶交通科研設計院を訪ね、重慶市の長江と嘉陵江の合流点(写真−1、2参照)の河底下に土被り27mで高速道路のインターチェンジのための水底トンネルをNATMかシールドのいずれによって掘削するのが良いかの議論を行なった。このトンネルの建設には、わが国の水底トンネル建設の技術が大いに役立つように思われた。




3.鉱山の採鉱に起因する地震
南アフリカにおける鉱山の採鉱は地下鉱山はもちろんのこと、露天掘り鉱山においても、その掘削はますます地下深部に達している。特に地下鉱山においては、地山の初期応力が大きいため掘削によって山はねが発生する。山はねにおいては1kHの地震波動が測定されている。これは通常の地震より高周波である。従来、南アフリカにおいては大きな地震は皆無であったが、昨年3月9日に南アフリカのスティルフォンテインでマグニチュード5.3 (Richter Scale)の地震が発生し、学校が3棟、商業ビル2棟、アパート3棟、公民館1棟、さらに、一般の住宅25棟が大きな被害を受けた。さらに、多くの人が負傷した。地下の鉱山においては2人の作業員が死亡、3,200人の鉱山作業員が緊急避難した。この地震は採鉱に起因する地震であるのか、その原因究明のための調査委員会が設立され活動を始めている。従来、山はねと呼ばれるものの地盤振動の規模はそれほど大きくない。しかし、もしこのような大規模な地震が採鉱に起因して発生するのであれば地震工学の面から非常に興味深い。すなわち、最近わが国において注目されている直下型地震においては、その震源が近いため構造物等が受ける波動の特性は、鉱山近傍で発生する地震のそれと共通するところが多いのではないかと考えられる。すなわち衝撃波による影響である。このことから、今後、衝撃波を取り扱っている岩盤動力学が地震工学に貢献できる可能があるように思う。
このように地下鉱山の採鉱によって発生する地震の発生メカニズムの解明には岩盤力学の知見が必須である。岩盤力学における新しい研究テーマとして地震との関係がある。来年7月にリスボンで開催される第11回ISRM コングレスにおいては、セッションの一つのテーマとして「地震工学と岩盤動的力学」が取り上げられている。地震工学と岩盤力学は、以前はかなり接近しており、地震学の研究者が岩盤力学を研究することも珍しいことではなかったが、最近では地震学と岩盤力学の間には距離があるように思う。地震、特に直下型地震と岩盤動力学は今後の岩盤力学が活躍できる分野であると思う。
4.ハーフトンネル
南アフリカのケープ半島一帯は急峻な山岳地帯であり急傾斜に沿って道路が続く。特にケープタウンから南下し、ハウト湾に沿ってケープホープへ行く途中にあるチャップマンズ・ピーク・ドライブウェーは難所であり、1922年に受刑者達の無償の労働によって開通している。しかし、落石が多いために多くの対策工が施されており、特にリング状ネットを用いた高エネルギー吸収型の落石防護柵(スイス製)が目についた。しかし、最も興味を引いた構造物はハーフトンネル(Half tunnel)である。これはトンネルが斜面から半分顔を出したように見える構造であるため、この名前がつけられたと考えられる(写真−3、4参照)。




現場は、基盤が花崗岩であり、その上部に砂岩を主とする堆積岩が層状になっており、割れ目はかなり発達している。トンネルはその砂岩に位置している。支保工は2層のメッシュを有する15cmの吹き付けコンクリート、3mのロックボルト、さらに、12〜15mのアンカーを75cmピッチで打設している。そのアンカーの軸力は95tである。なお、現地は降雨のあと割れ目から地下水がかなり流出するとのことである。このことは岩盤内にはかなりの割れ目があることを示している。いずれにしても、地質の良くない場所に、このような構造物の建設を可能にした南アフリカの岩盤工学のレベルの高さを実感した。わが国においても場所によっては、このような構造系の採用が可能であるように思えた。
5.岩盤斜面の安定性シンポジウム
南アフリカ、ケープタウンで開催された岩盤斜面安定に関する国際シンポジウムに出席した。南アフリカでは多くの鉱山において採掘が行われている。特にユハネスブルグ近郊は金、ダイヤモンドなどの鉱山活動が活発である。しかし、それらの鉱山において、地下鉱山はすでに3,000 m以上の深さで採掘が行なわれている。一方、露天掘り鉱山も深さは1,000
mに達しており、その斜面の安定は非常に重要な課題となっている。シンポジウムの議長であるDick
Stacey教授は会議開催の主旨を「このような長大岩盤斜面の安定性については、従来の経験則が成り立たないため精力的な研究が必要である」と述べている。
シンポジウムにおいては、斜面安定のためのモニタリングとリスク・マネージメントが中心的な課題であり、多くの議論が行なわれた。斜面の安定性を論じる場合、やはりリスク・マネージメントが重要なテーマになっていることはわが国も同様である。筆者は山口大の清水則一教授とGPS計測と逆解析による安定性評価について発表した。これは15年前にカナダのカルガリーで開催された鉱山の露天掘りに関するシンポジウムで発表した内容と基本的には同じものであるが、当時はまったく反応がなかった聴衆が今回は大きな関心を示した。このことは、鉱山の現場においても計測と解析の重要性が認識されてきた証拠である。特に、筆者が長年強調し続けていること、すなわち、「斜面の設計は一般に強度特性(Cとφ)に基づく安全率によって行われるが、モニタリングにおいては変位計測(変形特性)が主である。では、変位計測の結果から如何にして強度特性を求め、安全率を評価するのか、それについての議論がほとんど無いのはどうしてか?」と述べたところ、かなりの人達がこのことを理解したことはむしろ驚きであった。
なお、本シンポジウムにおいて発表されたモニタリング関係の論文中で、GPSを用いるものは筆者らの論文のみであった。他のすべてはアンテナや計測のためのターゲットを必要としないレーダーやレーザーによる計測に関するものであり、それらが主流になってきているように感じた。しかし、まだその精度はcmであり、筆者らの1〜2mmの精度とはかなり差がある。したがって、まだ暫くGPSは優位であろうが、将来はアンテナやターゲットを設置せずに斜面の挙動を捉えることが可能になるような予感があった。事実、会場での展示にはレーダーやレーザーのPRが盛んであり、実物を会場の外に据えて実演を行なっていた企業もあった。20年前に始めてGPSに出会ったときと同じ印象であり、興味深いことであった。なお、このシンポジウムには東洋からの参加者は筆者のみであり、議論された内容は東洋人では筆者一人が知ることとなった。
6.ISRMの活動
昨年の6月に南アフリカのプレトリア大学において、大学学部生の卒業研究の論文発表会に外部審査委員として出席したが、学生の岩盤工学に対する熱意に感心した。今年も4月に当大学を再度訪問し、鉱山工学科のMathew Handley教授と、学科の主任教授である Van der Merwe
教授を訪ねた。Van der Merwe 教授は現在、ISRMの会長であり、ISRMの現在の活動と今後の進む方向等についての意見交換を行った(写真−5参照)。


ISRM個人会員の数は、1994年の6,265名を最高に、その後、じりじり減少し2003年には4,755名まで減少した。しかし、その後、増加に転じ2006年1月現在、5,080名まで増加してきた。これは、経済が好転してきたことにも起因するのであろうが、先進国において岩盤関係のプロジェクトが最近再び活発になってきたことにも関係していると思われる。National Groupも新たにメキシコ、チリが加盟し、更に、ベトナム、アラブ連合、ペルー、ハンガリーなどが現在参加を検討している。National Groupは現在43ヶ国である。
ISRMの中にInterest Groupを組織することが可能であり、現在はMining Engineeringが活動を行っており、次のコングレスにおいてワークショップを行うことを検討中である。一方、委員会(Commission)は現在9つある。すなわち従来から継続して活動を続けている@物理探査、A事例、B教育、C石造モニュメントの保存、D試験法、に加えて、E環境、F地下構造物の維持管理、G鉱山の閉鎖、H地すべりと斜面工学、が活動を行なっている。この中で@物理探査、およびC石造モニュメントの保存は、佐々宏一先生および谷本親伯先生がそれぞれ委員長を務めておられる。
Van der Merwe教授は、これらの委員会の中で、佐々先生が委員長をされている物理探査に関する委員会のISRMに対する貢献度を高く評価されていた。また、「事例」と「教育」は中国が委員長を務めているが、彼はそれらの委員会の今後の更なる活動を期待していた。さらに、新しく発足した「環境」と「鉱山の閉鎖」に関する委員会は非常に重要であると強調された。この二つのテーマは互いに関連しており、まずそこに如何なる問題があるのか情報収集を行なっているとのことであった。例えばウラン鉱山の跡地処理などについては、Uranium Mining and Milling Remediation Exchange Group(UMREG)(代表者Dr. A. Jakubick)が毎年会議を開催し、情報交換を行っている。鉱山跡地処理に関しては、わが国においても日本充てん協会(会長:川本眺万先生)が閉山された亜炭鉱山等の地下空洞の充填を対象に積極的に活動を行っている。今後この分野において岩盤力学が大いに活躍できる可能性を秘めているように思う。
一方、「地すべりと斜面工学」に関する委員会は、実は、ISSMGE, ISRM及びIAEG 、すなわち 土質,岩盤、そして応用地質の三姉妹学会のジョイントの委員会であり、異なる視点から斜面の安定性についての取り組みを目指している。これは、斜面については、従来、土質、岩盤、応用地質のそれぞれの分野で個別に調査・研究が行なわれてきたが、それだけでは十分でなく、それぞれの分野が持つ経験や情報などに基づき、共通の場において新しい視点から議論をしようとするものであり大いに期待できる。しかし、三姉妹学会がジョイントの委員会を立ち上げたのはこれが初めてであり、その運営には更なる工夫が必要なように感じた。いずれにしても、ジョイントの委員会を立ち上げたことは、斜面の安定性問題が如何に難しい問題であるかを物語っている。岩盤斜面においては小規模の落石から大規模岩盤崩落まで、岩盤斜面の安定性の問題は今後の岩盤工学においてますます重要な課題である。また、新しく立ち上げた委員会の一つである「地下構造物の維持管理」も重要な課題であるにもかかわらず、これまでほとんど議論されなかったテーマであり、今後の調査研究の成果が期待される。
7.今後、岩盤工学が期待される分野
岩盤工学は従来、ダム、トンネル、地下発電所などの建設に必要な工学として発展してきた。しかし、今後は従来とは異なる分野においても欠かせない工学として期待される。ここで、その幾つかを紹介する。
7−1 放射性廃棄物の地層処理
従来から、高レベル放射性廃棄物の地層処理を対象に岩盤に係わる多くの基礎的研究がなされてきた。今後はそれらの成果を原位置で実証する必要がある。そこで、日本原子力研究開発機構では、その目的のための研究施設として、北海道幌延町と岐阜県瑞浪市にそれぞれ堆積岩と結晶質岩を対象にした深地層研究施設の建設が進められている(詳細は岩の力学ニュースNo.73, 2004参照)。これは、深度1,000mに達する複数の立坑と水平坑道群からなる世界にも例を見ない地下研究施設であり、その完成によって岩盤工学の研究は更に深度化するものと期待される。
7−2 地下空間における文化創造
平成12年5月に「大深度地下の公共的使用に関する特別処置法」が成立し、平成13年4月1日より施行されている。現在、その法律に沿ったプロジェクトが神戸で進行している。また、筆者は先に、岩盤内地下空間の持つ神秘性、幻想性に着目して六甲地下シンフォニーホールの建設を提案した。それは地震により中断されているが、同じころ提案され完成した飛騨高山の「ジオドーム高山祭りミュージアム」は好評である。そして、そのコンセプトが海外においても注目されることは、ポーランドや中国などでの講演、さらに、昨年末に参加した中国重慶において開催されたアジア・太平洋市長サミットでの講演の際の地元マスコミの反応からも感じとれた。
7−3 リニアコライダー
スーパーカミオカンデに代表されるように地下空間は素粒子物理学や宇宙物理学に大いに貢献するものである。最近は加速器リニアコライダーの国際的な研究拠点を地下に建設する構想が持ち上がっている。わが国においてもその誘致に向けて建設計画が検討されている。この施設は、全長約50 kmの直線のトンネル二本からなり、その中で電子とその反物質である陽電子を光速近くまで加速して衝突させる装置(コライダー)である(岩の力学ニュースNo.78参照)。
7−4 二酸化炭素の地中貯留
地球温暖化対策として温室効果ガスである二酸化炭素(以下CO2)を削減するために、CO2を地下の間隙にボーリング孔などを利用して半永久的に閉じ込めようとする隔離プロジェクトが、ヨーロッパ、イギリス、アメリカ、カナダ、日本などにおいて動き出している。海外においては枯渇したガス田を利用することが考えられており、ガス貯留層の地盤の長期安定性やキャップロックによる遮蔽効果などの研究が進められている。一方、わが国においては、新潟県長岡市において平成15年から堆積岩の間隙にCO2を地下1,100mに圧入することが始められている。
7−5 メタンハイドレート
メタンハドレート(Methane Hydrate)は氷状の固体であり「燃える氷」として知られており、水分子の立体網状構造中の空隙にメタンが取り込まれた包接化合物の一種である。これは世界中の海底や極地域に存在し莫大な量の天然ガスを供給し得る可能性を有していることから、現在国際的に研究が始められている。まず、メタンハイドレートの探査技術の確立。さらに、メタンハイドレートは固体であるため従来の天然ガスの開発手法は利用できないため、新たな採取技術を開発する必要がある。岩盤工学の活躍が期待される。
7−6 バイオソリッドの地下注入
生ごみなどから成るバイオソッリドをスラリー状にして地下深部に注入し、メタンガスとして取り出すことを提案し、その実現に向けて研究が進められている。これはCO2の削減にも貢献するものである。これは、地下深部の岩盤に水圧破砕によって割れ目を発生させてそこにスラリー状のバイオソリッドを注入するものであり、従来の石油採掘において開発された技術が利用できる。岩盤は間隙があり透水性に富むものが望ましい。このプロジェクトを強力に推進しているのはカナダのウオータールー大学(Porous Media Research Institute, University of Waterloo)のMaurice Dusseault教授である。一昨年の暮れに京都で開催されたISRM Symposium (3rd ARMS 2004)において会ったとき、彼はこれからの岩盤力学はバイオテクノロジーとの学際領域の研究が重要であると熱っぽく語っていたのが印象的であった。詳細については3rd ARMS 2004のプロシーディングスを参照されたい。
8.むすび
いま、わが国の大学において土木工学科の再編が進む中、残念ながら岩盤工学(力学)は地盤工学の中に取り込まれる傾向にあり、岩盤工学研究室として独立して教育・研究することが難しくなっている。このことも岩盤工学に携わる若い人が減少し、岩盤工学に元気がない原因のようにも思われる。しかし、従来の岩盤工学(力学)はダムやトンネルなどの建設に必要な工学であったが、これからの岩盤工学(力学)は、上に述べたように、そのような狭い分野に留まることなく、環境、エネルギーなど21世紀が抱える多くの未知な課題の解決も視野に入れ、益々発展する可能性を秘めている。従って、これからの岩盤工学(力学)の分野において、多くの若い人が多岐にわたる問題の解決のために夢をもって挑戦して欲しいと願うものである。
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